約10年勤めた会社を
辞めるかどうか決められなかった
私は会社を辞めるかどうかで、長い間動けずにいました。このまま仕事を続けていてもいい未来が描けず、何か動いた方がいいと思っていました。
一方で、給料も悪くないし、頑張って入った会社でもある。わざわざリスクを冒す必要はないのではないか、とも思っていました。会社を辞めて転職するのか、一旦無職になるのか。
何にしろそういう行動をするのは怖く、だからといって今のまま仕事を続けるのも不安でした。どちらの気持ちも本当だったので、どちらか片方を無視することはできなかったんです。
がんじがらめで動けないまま、何も変わらない状態で時間だけが過ぎ、余計に焦っていました。
正解探しから変わったこと
自分の中で時間をかけて考えても、どうしたらいいのか分かりませんでした。
ネットで調べ続ける日々もありました。「分かる、よくぞ言い当ててくれた」という内容にハマったりもしました。でも、辞めようか迷っていたときに検索しても、出てくるのは「辞めるか、残るか」のどちらかを選んだ話ばかりでした。どちらの言い分も分かります。でも、辞めたいけど辞められない葛藤は消化できず、どちらも選べませんでした。
経験談を読んでも「あの人はできていいよな」で止まり、自分の状況に当てはめることはできなかったんです。日常は変わらないままでした。
人に頼るのは最終手段だと思っていました。まだ自分でできることがあるのではないか、頼るとしてもやり切ってからだ、と考えていたからです。それに、自分のことを話しても理解してもらえなかった経験があるので、話を聞いてもらう相手は慎重に選ばないと、と思っていました。
そうして考えたり調べたりしているうちに、気づけば10年近く経ち、このまま1人で続けていても大きくは変わらないのだろうと思いました。1人でできることはやり尽くしたと納得して、人に頼ることにしました。
当時の私は、プロに自分の状況を説明すれば、「あなたにはこれが向いています」と、自分に合う道を示してもらえると思っていました。そう思っていくつかのサービスにお金を払いました。変われたかもしれない、と思ったこともあります。でも長い目で見ると、問題は解決していなかったんです。
示されたものを自分の現実にどう当てはめればいいのか分からず、また別のサービスを探していました。そうした経験が重なるほど、「また変われなかったらどうしよう」と、次にお金を払うことが不安になりました。
振り返ると、お金を払えば相手が自分を変えてくれると期待していた自分に気づきました。自分で決めるのが面倒になって、お金で解決しようとしていた節もあったと思います。自分で決めた道には確証がなく、うまくいかなければ自分の責任になります。言われた通りにしてうまくいかなければ、それは相手のせいだとどこかで思っていたのかもしれません。
人に頼ることはできても、自分の人生について考えて決めるところまでは人に任せられないのだと思いました。
そこからは人の視点を借りながら、自分でしっかり考えることを意識するようになりました。
対話の中で、自分では当たり前だと思って話したことに対して、相手が引っかかることがありました。「それって本当ですか」「それってどういうことですか」そう聞かれて初めて、なんで自分はそう思っているんだろうと考える。1人ではそこで立ち止まれず、人に聞かれて初めて考えられることもあるのだと思いました。
その人がどういう状況で迷い、どう考えてどう動いたのかを聞けたことも私には助けになりました。自分の状況を話したうえで、その人の経験を参考に自分はどうしたいのかを考えられたからです。
そうやって自分の思い込みを少しずつ見つめ直していくうちに、気づけば外に正解を探さなくなっていました。自分で進んでいる感覚があって、以前にはなかった「静かな自信」のようなものがついてきたんです。
将来への不安は今もあります。それでも、こういう歩き方でいいんだと思えるようになったことが、私にとっては何物にも代えがたい変化でした。





